Leica Q3 43
110万円のディテール

Leica Q3 43


価格の期待値を、僕は大切にしている。


二十七歳でライターになっておよそ三十年、モノについてばかり原稿を書いてきた。パソコン、デジタル家電、デジタルカメラ、オールドレンズ。時代とともに書く対象が変わるものの、ひたすらモノを取り上げてきた。


このとき、常に気をつかったのは価格性能比だ。


普及価格帯製品に高性能を求めるのは野暮だし、高級品にはそれ相応の価値が必要だ。画一的な視点ではなく、動的な評価が大切なのだ。


そして、110万円のライカQ3 43である。


おそらく、世界でもっとも高価なコンパクトデジタルカメラであろう。フルサイズセンサーとアポズミクロン43ミリF2の組み合わせなのだから高価でも当然。


むしろ、M型とアポズミを買うよりずっと安いじゃないか。


という話はライカユーザーの自虐にすぎないから真に受けてはいけない。当たり前のことだが、性能はどうあれ、110万円のコンデジは常軌を逸している。ちなみに、フルサイズのニコン Z fにアポクロマートのアポランター35ミリF2とアポランター50F2ミリを組み合わせても、せいぜい50万円ぐらいだ。


むろん、いまのライカは単なるカメラメーカーではない。ラグジュアリーブランドだ。110万円という価格には、性能対価に加え、ラグジュアリーな体験も含まれている。そこには写真機という実用ツール以上の価値が付与されているのだ。


そう考えたとき、ライカQ3 43のディテールは納得しづらいものがある。


Leica Q3 43 Leica Chrome


レンズ鏡胴が思いのほかチープなのだ。絞りリングはガチャガチャとおもちゃみたいで、ピントリングは引きずるような嫌な感触がある。同社のMレンズの官能的な挙動とはかけ離れていた。


どうせオートで撮るから関係ないでしょ?


そんな作り手の思いが透けて見える。この点が残念でならない。何しろライカQシリーズの良さとは、オートからマニュアルに瞬時に切り換えられる点にあるからだ。絞りリングの「A」、シャッタースピードダイヤルの「A」、ピントリングの「AF」、これらのオートポジションから位置をズラすだけで、即座にマニュアル操作できる。


メニュー操作はいらない。フィジカルにワンアクションでマニュアルになる。


このオートとマニュアルを自由に行き来できる点こそが、ライカQシリーズのアドバンテージだ。マニュアルを愛する者のためのAFコンパクトである。


それなのに、マニュアルの操作フィーリングをおざなりにするなんて、折角のすばらしいコンセプトが台無しだ。「QシリーズはAF機なのに操作感がまるでMレンズだね」と言ってみたい。言わせてほしい。


110万円とは、そういう期待感を抱く価格帯だ。


この他にも、マクロリングがズレやすいとか、液晶上部のファンクションボタンの誤反応が多いとか、Qシリーズ三世代目とは思えない詰めの甘さが目立つ。初代ライカQはドイツ製品としての気概を感じさせる仕上がりだったが、三世代目にしてずいぶんと魂が薄まってしまったようだ。


Leica Q3 43 Leica Chrome


ブランド商法は安い物を高く売りつける、そう揶揄されることが多い。ただそれはハイブランドへの嫉妬や僻みといった負の側面にすぎない。ハイブランドとは、ラグジュアリーな体験と引き換えに高額なお金を要求するものだ。そのラグジュアリー感とは幻想やまやかしではなく、常にクオリティーに裏打ちされている。


ライカは価格を釣り上げるためにブランド商法をとるのか、それともライカ流のクオリティーを見せるためなのか。そろそろ見極める時機にさしかかっているのかもしれない。