The Von Overgaard Gallery E39 Brass
真鍮スリットフードに精度は必要か
三つ穴スリットフードはアイコニックなカメラアクセサリーだ。ライカに代表されるレンジファインダー機にとって、その構造的な利点と不便を象徴する。最近は中国製の安価な三つ穴スリットフードが登場しているが、ライカ純正品しかり、ノンライツ系の純正品しかり、元々はとても高価なフードだった。今回取り上げるThe Von Overgaard GalleryのE39 Brassは、高級路線の三つ穴スリットフードである。
本製品は写真家ソーステン・オーバーガード氏のオフィシャルサイトから購入できる。オーバーガード氏はデンマークの写真家で、ライカコミュニティーでは殊の外有名だ。オフィシャルサイトには同氏がプロデュースしたライカ用レンズフードが多数ラインアップされており、ここで取り上げたE39 Brassは、真鍮削り出しでノンコーティングというかなり個性的な製品だ。価格は288ドル、日本円では33,891円だった。写真家プロデュースであること、ライカ向けであることを加味しても、それなりに高価な製品だ。
真鍮削り出しのE39 Brassはスペシャルエディションという位置付けで、他の製品はみな塗装済みだ。ノンコーティングの真鍮は新品当初こそ黄金色に輝いているが、表面の酸化にともない、時間とともに鈍い光沢に変化していく。そうした将来的な姿が想像できてしまうエイジングマニアだと、割高な製品だとわかっていてもつい手を出してしまう。真鍮恐るべしだ。
E39 Brassは商品名からもわかるように、39ミリ径のスクリュー式だ。Summicron 35mmF2やSummaron 3.5cmF3.5に直接装着できる。フードの内側に46ミリ径のネジ切りがあり、フィルター装着が可能だ。46-39ミリステップダウンリングが付属しているので、39ミリ径のフィルターも使える。ただし、スリット位置の調整はできないため、実用性について過度の期待は禁物だろう。そもそも内面反射防止すら施されていない地金剥き出しのフードだ。実用性を求めるより、金属フードとしての質感を楽しみたいところである。
その質感についてだが、届いた個体に関しては、お世辞にも高品位とは言い難いものだった。面取りしていない箇所が多く、金属のエッジがチクチクと指先を刺激する。スリットの内側の断面は、ガタガタになっているのが肉眼でわかるほどだ。本製品を手にしたときの第一印象は、仕上げ前の未完成品、である。ちなみに、面取り箇所を増やすと、そのぶん作業工程がダイレクトに増える。製造コストを下げる際、面取りを省くのはよくある話だ。
付属の46-39ミリステップダウンリングについても、ネジ切りのピッチがちがうのか、装着に手間取った。しかも装着すると今度は外れなくなり、着脱を検証したステップダウンリングを付属しているのか怪しい気がする。本製品はライカレンズ向けのフードという位置付けだが、果たして目の肥えたライカユーザーを満足させられるクオリティーなのだろうか。
すっかり辛口評価になってしまったが、もちろんこれには理由がある。本製品はすぐれたデザインで、ひと目惚れして購入した。真鍮削り出し、しかもノンコーティングという玄人向けのコンセプトもすばらしく、これらの面ではとても満足している。今後、じっくりと使い込んで真鍮のエイジングを楽しみたい。そうは言っても、やはり3万円越えするフードに見合う加工精度とは思えないのだ。
本製品が1万円程度ならまったく不満はない。しかし、3万円越えするレンズフードに対する期待値と、E39 Brassの品質は到底釣り合わない。本製品は香港の業者から届いたので、おそらくは深圳あたりの工場で製造しているのだろう。昨今は中国の加工精度もかなり良くなっている。しかるべきディレクションを行えば、完成度の高い製品に仕上がるはずだ。
とあるカメラアクセサリーメーカーに取材したとき、こんなやり取りがあった。その会社はデジタルカメラのハンドメイドレザーケースを安価に提供していたのだが、いくらなんでも安すぎる気がした。1.5倍程度の値段でも問題ない品質だったからだ。その旨を会社代表に伝えると、「値段を上げると期待値が上がる。だからこの値段で売っている」という答えが返ってきた。要は「安ければ文句は出ない」というわけだ。見方を変えると、高い商品は購入者側の期待値が上がり、メーカーはそれに応える責任が生じる。期待に応えられなければ、そのメーカーは信頼を失う。さて、ライカユーザーにとって、ソーステン・オーバーガード氏の真鍮スリットフードはどう映るのだろうか。